れ づ れ

 

            

秋のホタルに魅せられて


 「満天の星河は秋らしい清爽の気に充ちていた。幾万と限りもない漁火が玄海を埋めて明滅していた。大きな山螢が道を横切って消えた。」対馬ならではの秋の風物詩である。
 吉田絃二郎が、島の印象を抒情詩的な気分で描いた作品、「島の秋」の一部分である。山螢は、対馬に生息するホタル5種から判断してアキマドボタルである。作者は、秋に発生する対馬のホタルに魅せられたのであろう。

 10月初旬、夜の帳がおりる頃、国道382号線から分かれ、「島の秋」の舞台である佐須峠、佐須(小茂田)に向かう道を歩く。歩いて火照った顔、心地よい風が頬を撫でる。先ほどまで姿を見せていた三日月は、山に隠れて見えなくなった。空気が澄みきっているので、星がひときわ綺麗に輝いている。
 ときには、草むらに目をやりながら進む。この道は、風光明媚な景観地、浅茅湾、原生林、白岳が一望できる上見坂公園に至る。四季折々に美しく、植物も豊富な白岳には何十回登ったことか。上見坂公園には、「島の秋」文学碑が建っている。

 昔この道は、亜鉛鉱を積んだ大型ダンプカーが我が物顔に走っていた。多くの人が苦しんだあのイタイイタイ病の対州鉱山のある佐須(小茂田)に向かう道である。また小茂田は、元寇で玉砕した歴史に残る地区でもある。
 阿須川に平行してさらに進む。この川は、遠い昔、城下を洪水から守るため人工的に掘った川である。子どもの頃、よく水遊びや魚釣りをしたものである。

 川の本流に別れ、さらに足を運ぶ。民家がなくなり、暗くなった。1950年代のいつの頃だったか、この道から50mくらい離れた河原に米軍の戦闘機が墜落したことがあった。幸いパイロットは、緊急脱出装置で阿須湾に無事着水した。翌日見に行ったところ、河原はえぐられ、翼やジュラルミンの破片が散乱していた。近くに民家があるので、思い出すだけでも背筋が寒くなる。

 過ぎし日に思いを馳せていると、一筋の光が目をかすめて山の方へ向かって飛び、やがて見えなくなった。あっちからも、螺旋を描くように光の筋が横切って消えた。かなり明るい青黄色の光の筋は、次から次へと光っては消えた。その幻想的な光は脳裏に焼き付いて離れない。光の正体、それはアキマドボタルである。

 アキマドボタルは、日本では対馬にのみ生息する大陸系の陸生ホタルである。秋に発生するマドボタルからこの名がついた。前胸背面、前方両側に透明部がある。いわゆる窓で、マドボタルといわれる所以である。

 人がホタルに魅せられるのは、あの幻想的な光である。その光は日本のホタルの中では最も明るく、十数匹集めると、晋・車胤の「蛍雪」の故事もあながち誇張ではない。
 しばらく歩くと、苔生した石の集まったところで、ひときわ明るい緑黄色のボーとした光を発しているのを見つけた。雌である。雌は翅が退化して飛べないので、苔生した石垣、草むら等で発光して雄を待ち受ける。
 光信号により雌を発見した雄は、草上に舞い降りた後、雌の分泌するフェロモンに誘引され触角を振りながら近づき、雌の頭部を触れながら背後に回り、雌の背に乗った状態で配偶行動に入る。

 しばらく歩いて林道に進む。ここは、1973年秋の夜、NHKの「アキマドボタル」の撮影が行われた場所の一つである。ここでいくつかの場面を撮影した。
 ここの空間は、道に沿って清流があるので、初夏にゲンジボタルが観察できる。ゲンジボタルは、日本特産で、千年の昔からこよなく親しまれてきた。あの幻想的な光が、日本人にこよなく愛されるのであろう。

 この清流を下ると阿須川である。アキマドボタルは、阿須川流域の生息地が、長崎県の天然記念物に指定されている。ただし、アキマドボタルは陸生なので、川には関係なく、全島の餌のウスカワマイマイ等がいる藪、草むら、草原、林緑に生息する。

 ホタルに魅せられて33年、それは私のライフワークでもある。春は、幼虫の観察、初夏はゲンジボタルとツシマヒメボタル、秋はアキマドボタルの観察で夜な夜な全島を飛び歩いた。

 病気になってからは車椅子で観察に・・・。また、家族が家の近くで採集したホタルを飼育・観察する。観察ノート、パソコンに蓄積した資料、データの分析をする。
 家の前には小川、藪があり、ゲンジボタル、ヘイケボタル、アキマドボタルが生息する。私が観察に行けないことを知ってか、ホタルの方から近づいてくるのである。今年もゲンジボタル、ヘイケボタル、アキマドボタルが窓にとまり「お元気ですか」と語りかけてきた。33年間ホタルとお付き合いした甲斐があったというものである。  

2001/10

 

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