ホタルは,昆虫綱鞘翅目ホタル科に属し,世界に約 2,000種,日本には
9属50種 5亜種 (川島, 鈴木, 佐藤) ,長崎県には 4属 9種が生息している。その半数以上は南方諸島に,
2種は対馬のみに生息するように分布に地域性がある。ホタルといっても発光するのは半数以下で,わずかしか発光しないものや全く発光しないものも多い。また,昼行性のホタルも多い。
長崎県対馬には,ゲンジボタル・ヘイケボタル・ツシマヒメボタル・アキマドボタル・オバボタルの 3属 5種のホタルが生息している。
ゲンジボタルの集団発生 厳原町 撮影 : 松崎 和雄 氏
【対馬のホタルの分布】
ゲンジボタルは,全島的に分布しているが,最近減少が著しい。これは,山林伐採による渇水,河川の生活排水による汚染,農薬汚染,人工照明や護岸工事等の相互作用による生息環境の劣悪化に他ならない。阿須川は年によって発生数が異なるが,これは水不足によるものである。瀬川,内院川,内山川,佐須川,堀田川,州藻川,三根川,仁田川,飼所川,佐護川,舟志川等は安定して観察できる。ヘイケボタルは,ほぼ全島的に分布している。
オバボタルは,各地で見つかっているが分布状況が不明確である。昼行性が原因で,生息確認が急務である。
アキマドボタルは,筆者の調査で全島的に多数生息していることが確認された。ツシマヒメボタルの生息地にはアキマドボタルが生息している。ツシマヒメボタルの生息地は限られているが,分布状況は全島に広がりを見せている。ただ年によって発生数が変化し,ツシマヒメボタルはそれが著しい。 2種とも陸生が幸いして生息状況に変化が少ない。
【対馬のホタルの種類と生態】
1, ホタル属 Genus Luciola Laporte, 1833
(1) ゲンジボタル L..cruciata Motschulsky, 1854
ゲンジボタル(♂)
最も知られている日本特産のホタルで,夏の風物詩としてこよなく親しまれている。ほぼ全島の川(清流)に生息する。
成虫は,雄15mm, 雌17mmと大形で,頭部,胸部,腹部よりなる。頭部には黒いせん毛がはえいて点刻され, 1対の触覚,複眼と複雑な口器がある。胸部は,前胸,中胸,後胸の 3環節よりなり,それぞれ 1対の肢が,前胸と中胸には 1対の翅がついている。前胸背は,赤く,黒い十字紋が特徴である。上翅は,黒く毛でおおわれていて,キチン化した鞘翅で下翅を保護している。下翅は,うす黒く透明で飛ぶのに用いられる。発光器は,黄白色で,雄は第 5, 6節,雌は第 5節にある。
発生は, 5月下旬〜 7月上旬であるが全盛期は 6月上旬〜中旬である。夜の帳が降りると川辺から飛び立ち,地上1m〜6mをゆらゆらと飛び回る。活動のピークは,21時前後である。昼,風雨時は草むらで休止している。雨上がりのどんよりとした日に集団発生がよく見られる。川から湧き出るかのように川面付近を飛び交い水面に映る光の群れ,川辺から湧き出て集団乱舞する魅惑的な一斉発光,ともに集団発生の情景である。
発光は,明るいフラッシュ光で,23回/分発光する(対馬のゲンジボタル)。大場によると,東日本のゲンジボタルは発光パターンが異なり,西日本の半分以下の発光数という。ゲンジボタルの発光は,アキマドボタルに次ぐ明るさである。幾万とも知れぬゲンジボタルが一斉に明滅する光景は,まさに幻想の世界で,しばしわが身と,時間を忘れてしまうほどである。ホタルの発光パターは,種類によって異なる。
ゲンジボタルのように断続的にせん光を発するホタルは,複雑な発光器官を持っていて,何百万年もかかって進化してきたものであるといわれている。せん光タイプのホタルは,発生の時季も同じで,異種と混じって行動するので,発光パターンが異なっている。つまり,配偶行動のさいのコミュニケーション・種を認定する情報を伝えているのであると,J.E.ロイドはいっている。一方,卵,幼虫,蛹も発光するが,その意味は解っていない。これは,情報伝達ではなく,外敵に対する防御信号ではないかと考えられている。
生息環境は,人工照明がなく,清流でカワニナが生息し,川岸にコケ,草が繁茂し幼虫が羽化できやすい川辺である。
交尾は,草上で行い,飛翔中に行うことはない。また,ホタルの異種間では行わない。交尾を終えた雌は,川辺のコケ類等に,約 500個産卵する。産卵数は,他のホタルに比べはるかに多い。
幼虫は,約10ヶ月間水中生活をし,カワニナを餌とする。 4〜 5月に蛹化のために上陸し,土嚢を造り蛹になる。そして羽化し飛び立つのである。成虫になってからは,水と酸素しかとらず,わずか10日余りでその一生を終わる。
カワニナ(川螺)の学名は, Semisulcospira libertinaといい, 腹足綱, カワニナ科に属する巻貝の一種である。ゲンジボタルやヘイケボタルなどの水生ホタルの餌として知られている。また, 肺吸虫, 横川吸虫等の第一中間宿主となるため, 直接人体に感染はしないが, 予防対策上注意が必要である。
日本および朝鮮半島に分布し,主として川や水路などの淡水に生息する。3~4pの細長型で, 殻頂はしばしば侵食され欠ける。殻の色は暗緑色や淡褐色, 時に色帯を有するが、多くは鉄分の付着により黒色に見える。環境により色, 形が微妙に異なり約40種を識別するのは困難である。主として落ち葉, 付着珪藻, 死魚などの有機物を餌としている。また, 雌雄異体で卵胎生のため, 雌は5月上旬〜10月中旬に微小な仔貝を産む。
ゲンジボタルの繁殖促進の活動は日本各地で見られ,
餌のカワニナの増殖が必要である。移入したカワニナにはコモチカワツボなどの外来種が付着して進入する可能性が大きい。決して安易に他所のカワニナを移植してはいけない。緻密な増殖活動以外には,
ゲンジボタルの繁殖はおろか危機を招く恐れが大きい。
ゲンジボタル激減の危機
2008年7月5日TBS放送によると, 最近, 外来種の巻き貝「コモチカワツボ」の繁殖力が強く急速に生息域を拡大して,
ゲンジボタル激減の危機が迫っているという。
ゲンジボタルの幼虫が餌とするカワニナの稚貝に酷似したコモチカワツボを餌にしたゲンジボタルの幼虫が成虫になる割合は、カワニナを餌にした場合の6分の1で, 発光力も半分だといい, 専門家は「このままではゲンジボタルや在来種の水生動植物が激減する」と警告している。
コモチカワツボ
コモチカワツボは, 学名, Potamopyrgus jenkinsi, 中腹足目, ミズツボ科で, 原産地,はニュージーランドである。親貝で体長4〜5oの小さな巻貝である。繁殖力が極めて強い。80年代後半に日本に入り, 東北から近畿, 九州の一部まで広がっている。ゲンジボタルの孵化幼虫から3令幼虫が食する。コモチカワツボは雌雄同体であり, 単為生殖を行う。
全国各地で, 純粋な発想からゲンジボタルを殖やしたい, 甦らせたいという活動があるが, あくまでカワニナを餌とするべきである。生態系崩壊の恐れがあるのでコモチカワツボは「殖やすな, 持ち込むな, 持ち出すな」を徹底したい。
(2) ヘイケボタル L. lateralis Motschulsky, 1860
日本全域に分布し,韓国にも分布しているホタルである。
ゲンジボタルより小形で平均体長は,雄 9mm,雌11mmである。頭部は,黒色で黒い毛がはえている。ゲンジボタルに比べ体が小さい割には複眼がやたらに大きい。前胸背部には広い黒の縦筋があり,前者と容易に区別できる。腹部背面は,雄雌とも 8節で,腹面は雄 6節,雌 7節である。発光器は,黄白色で,雄は第 5節と 6節の一部,雌は第 5節である。
発生は, 5月下旬〜 8月下旬で, まれに 9月に出現することもあり時期が幅広い。比較的開けた場所に出現し,低い所をあちこち飛び回る。部屋の明かりを消すと VTRの時計の光が窓に映るのかよく窓ガラスに止まるのを見かける。
発光は,赤みがかった青黄色の速いフラッシュ光である。連続明滅ではなく 2〜 4回明滅し,しばらく休みまた明滅する。一斉明滅するのを観たことはない。
交尾は,草上で行い,数時間から 1昼夜に及ぶ。交尾を終えたら,雄雌とも活動が鈍くなる。このことは他のホタルも同様である。産卵は,ゲンジボタルが狭い範囲に産みつけるのに対し,70〜 100個をあちこちに産みつける。
幼虫は水田やため池,比較的濁った小川にも生息し,タニシ・カワニナを食す。
(3) ツシマヒメボタル L. tsushimana Nakane, 1970
1969年上県郡上県町佐須奈で発見され,中根猛彦により命名されたホタルで,ヒメボタル属 Hotaria,対馬特産種である。
その後,佐須奈(浦田,1973)厳原(内野,1976)で生息を確認され,1983年〜1984年の調査(内野)で比田勝,佐須奈,仁田,小鹿,志多賀,浦底,賀谷,厳原の平地〜山地までの生息が確認された。
【形態】
体長は,平均雄 9o, 雌 8o
でほぼ同じであるが,雌がややずんぐりしている。前胸背は,黄赤色で前縁にヒメボタルのような黒褐紋はない。個体差はあるが前縁が暗色で,淡黒状のしみが斑状につき,全体が点刻され,縁に微毛を生じる。複眼は,雄が大きく両眼幅
2oで,前胸に引き込まれないが,雌は小さく両眼幅 1.4oで前胸に引き込まれる。上翅は,黒色で密に点刻され縁に微毛(雌は少ない)を生じる。雌は下翅が退化していて飛翔できない。腹部は,雄は第
1節が黄褐色で, 2〜 4節が黒く, 5〜 6節が白い発光器である。雌は,第
5節がB形をした発光器であり, 6節が赤褐色で,一面に微毛が生えている。他は黒褐色である。
ツシマヒメボタル ♂
【環境】
生息環境は,林縁で雑草が覆い繁っていて,適当な湿度を保っていること,食飼の陸生巻貝が生息していることが条件である。アキマドボタルに比べると生息地が限られる。
【発生】
発生は, 5月下旬〜 7月下旬である。雄は早い時刻には,草むらでグロー光や時折フラシュ光を発しているが,21時前後になると地上
1〜6mの高さの林緑を黄金色の強いフラッシュ光(80〜90回/分)を発しながら,雌を求めて10
mの範囲を飛び交う。通常は林緑を飛び交っているが,まれに数千の雄が路上等の空間に群れをなすことがある。その楕円形のかたまりは,
2〜6mの高さを漂う。一斉に明滅しながら狭い空間を飛び交い群れているのである。筆者は厳原町で数回漂塊を目撃した。その群れを発見したときは幻光を見るようにその光に見とれ,やがてその光の塊に魅せられてしまう。
【種の保存】
雌は,草むらで雄の発光にあわせ断続的にグロー光を発して雄の訪れを待っている。雄は,雌を発見すると草むらに舞い降り雌に引き付けられ交尾にはいる。交尾時間は長く一昼夜にも及ぶ。筆者は,1983年 7月 5日21時上県郡仁田峠の路上で交尾中の 1対を発見した。交尾後 1〜 2日で,直径 0.7oの球形橙黄色の卵を60個前後産卵する。
2, マドボタル属 Genus Pyrocoelia Gorham, 1880
(4) アキマドボタル P. rufa E. Olivier, 1886
対馬の代表的なホタルで,形態,生態とも多種とは著しく異なる。詳細は次ページ「アキマドボタル」を。
アキマドボタルの雌雄(左:雌)
3, オバボタル属 Genus Lucidina Gorham, 1883
(5) オバボタル L..biplagiata (Motschulsky, 1866)
日本全域および韓国に分布する陸生,昼行性のホタルである。
体長は,小形で 9〜13mm程度である。雌雄共黒色で,前胸の下側,腹部末端から 2節は淡赤色を帯びている。頭部は,前胸下に隠れている。前胸背には淡赤色楕円斑紋が両側にある。痕跡発光器(点状)はあるが発光しない。
発生の時期は 6月のみで短く,平地〜山地の林縁の草地をゆっくり飛翔したり,草や花にとまったりしている。生態,生活史は不明な点が多く,その解明が今後の課題であ。(西田,1967, 中根,1970, 内野,1984)の生息確認記録がある。