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なんじゃもんじゃランド

アキマドボタル

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秋窓蛍

 島の秋,ツユクサがホタルに似て可憐な花を咲かせている。夜の帳が降りると満天の星に,眼下に輝く無数の漁火,そして飛び交うホタル。長崎県対馬ならではの秋の風物詩である。

 その名を,アキマドボタル(P. rufa E. .Olivier, 1886)という。昆虫綱・鞘翅目・ホタル科・マドボタル属で,日本では対馬にのみ生息する大陸系の陸生ホタルである。秋に発生するマドボタルからこの名がついた。 生態が他種とは著しく異なり,生物学的にも地理学的にも貴重な存在で,長崎県は,1966年に,厳原町・阿須川流域の生息地を天然記念物に指定した。

 最初,渡瀬庄三郎がアキボタルと名づけて発表し,後に松村松平は他のマドボタルとともに発表した。

対馬に生息するホタル

 対馬には,ゲンジボタル,ヘイケボタル,オバボタル,ツシマヒメボタル,アキマドボタルの 3属 5種のホタルが生息している。(対馬のホタル参照)

 清流にしか生息しないゲンジボタルは,街中を流れる河川以外の川ではいたるところで観察できる。集団発生による一斉明滅が各地で観られ,なかでも三根川では,その規模が大きく観るものを幻想の世界へ誘う。ヘイケボタルは,田,小川等各地で観察できる。オバボタルは,昼行性のためか記録が少ない。ツシマヒメボタルは,1969年に中根猛彦が佐須奈で発見したもので,対馬特産種である。その後,内野俊哉は全島各地で生息を確認した。ツシマヒメボタルの生息地には,アキマドボタルが生息している。

アキマドボタルの生態

1,分布状況

 対馬,済州島,朝鮮半島,中国(原産地;Ningbo)に分布する。

 対馬では, 6町全域に生息する。1983年〜1984年の全島調査で再確認した。普通平地の藪に生息するが,400mの山地でも生息を確認した。近年,道路改良で山肌のコンクリート化が進んだが、その近辺では見かけない。陸生なので水質汚染の影響を受けなく,減少はしているものの,分布状況に大きな変化は見られない。大陸系のアキマドボタルが対馬に生息するのは,対馬が大陸島であった頃,分布拡散したであろうことは想像できる。

2,生息環境

 アキマドボタルの生息環境は,適当な温度・湿度を保ち,人工光がないか少ないこと。産卵に適したコケむした石垣,草の生えた土手,草むら等が存在すること。藪があり,餌となる陸生貝類が生息することが条件である。藪,草原,畑,墓地,道端の草むら等に生息する。

 観察地 A
 厳原町の谷間を走る県道沿い。道路沿いに川が流れ,道路脇には藪が茂り保湿状態が良好で,草の生えた土手やコケむした側溝がある。道路,川が適当な空間をつくる。ウスカワマイマイが雨後多量に生息する。 6月,幼虫が盛んに活動する。ゲンジボタルも飛び交い,ツシマヒメボタルの群が塊状に漂う。10月,土手や草むらで,雌が発光しながら雄の訪れを待つ。

 観察地 B
 厳原町の墓地。道路を挟んで民家に隣接しているが,灯りはほとんど洩れず暗い。コケむした石垣があり,背面は山に接し藪に覆われている。藪から雄が舞いだし墓地の上を飛び交う。石垣の隙間で雌が発光している。

 観察地 C
 美津島町の荒れ地。草地で,山と川に接している。山際に雑草が茂り,ウスカワマイマイが生息している。比較的広範囲を見渡せるので好観察地である。一望,30♂が観察できる。

 観察地 D
 峰町の国道沿い。国道に沿って,日本の清流に選定された川がある。上流は源流に近く,両側に山が迫る。国道沿いの藪でアキマドボタルが観察できる。川に降りると川魚,カワニナがたくさん生息する。6月,アキマドボタルの幼虫観察,むしろゲンジボタルの集団発生に目を奪われる。

 観察地 E
 上県町の国道沿い。谷間に道路があり,川があるのでやや適当な空間がある。山がすぐ迫り,コケむした側溝がある。山際,川岸には雑草が茂っている。ツシマヒメボタルも生息する。

3,形態

 成虫の体長は,個体差が著しく,雄15〜22o,雌20〜27oで,他種に比べて大形である。体は,頭部,胸部,腹部からなる。

 頭部は,前胸下に隠れ,黒褐色で自由に動く。黒褐色の発達した一対の触角,頭部半分を占める,大きな一対の複眼,複雑な口器をもつ。

 胸部は,前胸,中胸,後胸の3環節からなり,それぞれ一対の肢がついている。前胸,中胸には,それぞれ一対の上翅,下翅がついている。

 前胸は,アキマドボタルの特徴の一つで,背板が広く中央は紅色で全体は黄橙色である。前縁は上反し,背面は密に点刻され,後半に細かい顆粒がある。前方両側に透明部がある。いわゆる窓で,アキマドボタルといわれる所以である。

 上翅は,黒褐色で細かい毛でおおわれ,皺状に密に点刻され,隆条が数条ある。キチン化した鞘翅で下翅を保護している。下翅は,薄黒く透明で,飛翔に使用される。雌は,痕跡を残すが上下翅共退化し,幼虫形で黄橙色をしている。

 腹部は,雌雄共黄橙色で,白い発光器を 2節持っていて,非常に明るいグロー光を発する。

 卵は,ゲンジボタルの卵より大きく,直径2o 程度である。弾力性があり,淡黄色である。幼虫は,オサムシ状の偏体形で黒褐色,周辺部は色が淡い。オオマドボタルの幼虫に酷似している。

 蛹は,土まゆはつくらず体を丸めた状態で,色は淡黄蝋色である。

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アキマドボタル♀(左)、♂(右)

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アキマドボタルの卵

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アキマドボタルの蛹(♀)

4,アキマドボタルの生活史

@ 発生
 成虫の発生期は, 9月上旬〜10月中旬で, 9月下旬が全盛期である。雄の発生は, 9月上旬〜10月中旬で,最も早い発見は記録上は 8月21日であるが,平年は 9月上旬である。雌の発生は, 9月下旬〜10月上中旬で最も早い発見は 9月22日である。雌の発生は雄より遅れる。これは体長差と身体のしくみが原因で、生育に時間がかかるものと考えられる。韓国での発生期は, 7月〜 9月で, 8月下旬〜 9月中旬が全盛期(金・南)である。発生期は,緯度,気象状況,餌の生息に影響される。対馬島内では発生期にほとんど差異は認められない。

 陽が落ちて辺りが薄暗くなった頃,草むらから一筋また一筋,青黄色の明るいグロー光を発しながら飛び立ち,地上 1〜4mの高さをら旋を描くように飛び回る。時折,草上に舞い降り,体を休め発光しないこともある。活動の適温は平均18〜20℃である。気温が下がると活動が鈍くなる。また,雨の強いとき,風の強いとき,明るい場所では草むらに身を潜めている。アキマドボタルは夜行性なので,昼は草陰で身を隠している。発生数は,同じ場所,時刻では多くはなく,一望 1〜30♂程度である。また,年によっても発生数に差が大きい。これは気象状況にもよるが,餌になるウスカワマイマイの個体数が年により変化するのが原因と考えられる。

 雌は,草むら,草の生えた土手,コケむした石垣等で体をよじり,発光器を上向きにしている。ひときわ明るい緑黄色のボーとした光を発して,雄を待ち受ける。

 成虫は,雌雄とも水,酸素しか摂らない。種の保存活動を終え,約20日で光の生涯を終わる。

A 受精・産卵
 光信号により雌を発見した雄は,草上に舞い降りた後,雌のフェロモンに誘引され触角を振りながら近づき,雌の頭部を触れながら背後に回り,雌の背に乗った状態で交尾に入る。相性があるのか,交尾に至らない雄もあり, 1♀に複数の雄が群がることも多い。交尾時間は,長く一昼夜に及ぶ。性比は未解明であるが,圧倒的に雄の比が大きく,10月中旬に未交尾の雄が飛び交う。

 交尾を終えた雌は,コケ類,石,枯れ木,雑草の下に潜り込み50〜60個の卵を産む。産卵を終えた雌は,1週間程度でその一生を終える。交尾後は雌雄とも活動が鈍くなる。未交尾の雄は,室内飼育では水滴を補給すれば, ひと月ちかくは生きることができる。卵は,その年は越冬し,翌年 5月にふ化して幼虫になる。

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アキマドボタルの生活史

B 幼虫
  幼虫は,陸上生活をする。行動するときは頭部を思いきり伸ばし,頭を振りながら,藪を餌を求めて歩きまわる。行動は脚と尾脚を使いシャクトリムシのような動作である。幼虫も発光するが光は弱い。光を当てると、発光も行動も停止する。夜行性なので,昼は石の下,草の根もと,コケの下などで身を隠している。飼育下で身を隠すものがないところに置くと,昼でも行動することもある。

 餌は,陸生巻貝類のウスカワマイマイ,ツクシマイマイである。成長とともに脱皮を繰り返し,その年は越冬し,翌年 5月地上に出て餌を求めて活動する。成熟した幼虫は, 8月下旬土中に潜り最後の脱皮を終え蛹化する。

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餌のウスカワマイマイと幼虫の格闘、そして・・・

C ウスカワマイマイ
 ウスカワマイマイは, 学名をAcusta despecta sieboldiana (Pfeiffer,1850)という。カタツムリの一種で, 腹足綱有肺亜綱柄眼(マイマイ)目マイマイ超科オナジマイマイ科に属する。 分布は, 北海道南部以南から九州, 朝鮮半島南部に及ぶ。生息場所は, 藪地, 田畑や民家の庭に生息し, 林地には生息しない。草原性でもあり、すなわち比較的乾燥に強い。
 殻は薄くて丸く, 殻口は薄くて成長しても反転しない。スジのないのが特徴である。黄色から淡赤褐色の殻は薄質で, 体の色が透けて見え, 黒ずんだり、斑点があるように見える。螺管は急激に肥大して体層は著しく大きい。殻表には成長脈が明瞭に現れ、色帯はない。円い殻口唇縁は薄質で鋭い。軟体部は食性により淡黄褐色から黒色まで変異が著しい。
 成貝は, 約殻高10mm, 殻径15mm内外で,ある。成貝または幼貝で越冬する。雌雄同体で, 産卵期は春と秋の2回である。夜行性であるが、曇雨天日には昼間でも活動する。
 ウスカワマイマイは, 人が気付かないうちに野菜などを食い荒らす農家では害虫である。多湿で有機物の多いほ場に被害が多いので、このような環境を改善する。
 対馬では, アキマドボタルの餌になるので, 複雑な心境であるがアキマドボタルの幼虫が年中食するので被害は少ない。むしろ, 人とのかかわりではアキマドボタルの幻想的な光が優先される。

D 蛹
 蛹は,ゲンジボタルのような土まゆは造らず,コケ,石,草の下等軟らかい土中で体を丸めた状態で動かない。時折黄緑色の淡い光を発する。

E 発光
 オバボタルのように発光しない種もあるが,人がホタルに魅せられるのはその光である。

 ホタルの発光は,種類により明るさ,発光パターンは異なるが,それぞれに風情があり観る人の心を慰めるものである。ゲンジボタルは比較的明るい光で,光源氏の時代から日本人にこよなく愛されている。時に集団一斉発光が観察される。川一面に広がる光の乱舞は心に焼き付いて離れない。ツシマヒメボタルは,早い時刻には草むらでグロー光,時折フラッシュ光を発しているが,20時前後になると明滅回数が多い黄金色の強い光を発して林緑を飛び回る。まれに群をなすが,他のホタルと異なった集合体である。高さ4mの楕円形の塊が道路上の狭い空間を,黄金色の光を早く明滅しながら漂う。

 ホタルの発光は,配偶行動のさい,仲間とのコミュニケーションに使われている。発光パターンの違いは,仲間の識別のためである。

 さて,ホタルの光の正体であるが,発光器は,発光細胞からなる発光体と反射器,発光体の表面にある透明な層からできている。発光細胞中につくられる発光素ルシフェリンが,酸素,水の供給によって,酵素ルシフェラーゼといっしょになり,光を発するとされている。

 アキマドボタルの発光は,明滅のほとんどないグロー光である。アキマドボタルのように連続的に発光するホタルは,配偶行動のさいのコミュニケーションがきわめて単純で,種を認定する情報を伝えていないとJ.E.ロイドはいっている。もっともアキマドボタルは,発生の時季が秋で,他のホタルとは異なるので,その必要もないのかもしれない。

 その光は日本のホタルの中では最も明るく,数十匹集めると晋の車胤の故事もあながち誇張ではない。

 通常は群れをなすことはほとんどないが,ときに草原で数千の群れを観ることがある。この集合性は他のホタルにも観られ,配偶行動、雌を張り合う行動とも考えられるが,全容は解明されていない。

information保護対策

 アキマドボタルの外敵は,カマキリ,クモ,菌類等である。これは自然界の摂理であるが,人間が関わるとホタルを亡ぼしてしまう。アキマドボタルの減少が現実の今,絶滅の汚名を着せる前に,保護対策を講じることが急務である。ホタルの発光は,観る人を幻想の世界へ誘い安らぎを与えるが,観るだけにしたいものである。
 アキマドボタルを亡ぼす要因は,異常気象,餌不足の自然要因,除草剤,害虫駆除剤空中散布の汚染,道路工事,人工照明等の人工要因の相互作用によるものであろう。生活環境改善と生息環境悪化は相反するが,共存できる道を模索すべきである。幸い対馬は,開発はあるものの,自然が保たれているので絶滅は免れている。陸生であることも種の保全には幸いしている。
 人工飼育も保護の一方策であるが,飼育環境管理が困難なこと,産卵数が少なく,ゲンジボタルの約十分の一であることで,多くは期待できない。  アキマドボタルが天然記念物に指定された当時とは,環境が変化しているので,指定地域を拡大する必要がある。  

結び

 アキマドボタルは最初,渡瀬が調査して発表し,後に松村がマドボタルとともに紹介した。その後1966年,長崎県が天然記念物に指定し,地元に知られるようになる。1973年,NHKが「アキマドボタル」を放送し,知名度が高くなる。1980年,大場は対馬で調査しその生態を発表した。その間,浦田は地元で研究活動を続けた。

 文学作品にもアキマドボタルが登場する。吉田絃二郎作『島の秋』には,「満天の星河は秋らしい清爽の気に充ちていた。幾万と限りもない漁火が玄海を埋めて明滅していた。大きな山螢が道を横切って消えた。」絃二郎は、1907,1908年に対馬の秋を体験している。作品の山道は,佐須峠であると内容から想像できる。「大きな山螢は,対馬のホタル5種から判断してアキマドボタルである。作者は,秋に飛ぶ対馬のホタルがよほど印象的であったであろう。ちなみに,佐須峠付近でのアキマドボタルの生息を確認している。

 アキマドボタルが日本で対馬にのみ生息することは,分布拡散のうえからも興味深い。その生態の一部は解明されたが,越冬,集合性等課題も多い。

 ホタルは自然のバロメーターである。ホタルが減少することは,取りも直さず,人の生活環境の悪化を意味する。他種を含め保護活動を推進し,後世にあの幻想的な光を引き継ぎたいものである。

参考文献

・ 内野俊哉(1981)アキマドボタル,長崎県教育研究
・ 田中清・内野俊哉(1989)長崎県のホタル,長崎県の生物
・ 内野俊哉(1996)対馬のホタル,対馬の自然と文化
・ 大場信義(1980)対馬のアキマドボタル,横須賀市博物館館報
・ 大場信義(1988)ゲンジボタル
・ 金昌喚・南相豪(1981)韓国産ホタルの実態調査報告(高麗大学)

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